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   <title>世界遺産 法隆寺の古寺巡礼</title>
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   <updated>2008-02-17T05:59:33Z</updated>
   <subtitle>世界遺産などの名刹としても有名な法隆寺を巡礼してみると、その広大さと繊細な造りにこころが癒されてしまいます。</subtitle>
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   <title>法隆寺 伝法堂 東院鐘楼</title>
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   <published>2008-02-15T13:03:01Z</published>
   <updated>2008-02-17T05:59:33Z</updated>
   
   <summary>伝法堂 伝法堂は、夢殿から向って後に位置し、絵殿と舎利殿と接して建てられています...</summary>
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      <![CDATA[<h3>伝法堂</h3>

<p>伝法堂は、夢殿から向って後に位置し、絵殿と舎利殿と接して建てられています。</p>

<p>伝法堂は、橘夫人の住宅として寄進されたものと言われており、昭和の解体修理の時に貴族の住宅であったことが分かっています。</p>

<p>伝法堂には、阿弥陀三尊を中心に、阿弥陀如来、薬師如来、釈迦如来、弥勒如来、四天王、梵天、帝釈天が安置されています。</p>

<h3>東院鐘楼</h3>

<p>東院鐘楼は、伝法堂の西側に建てられています。</p>

<p>東院鐘楼の様式は、地面から建物の中間部分まで袴腰といわれる方法で板を貼っているデザインで、鐘楼としてはもっとも古い様式となっています。この様式の建築ががいつ頃から登場したのかは、まだ明らかになっていません。東院鐘楼は、1163年の創建されたものとなっています。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/touinsyourou.jpg" alt="法隆寺東院の鐘楼"></center>

<p>この東院鐘楼は、現在舎利殿から舎利を出す時にだけ、特別につかれることがあるそうです。</p>

<p>東院鐘楼の中には、奈良時代に製作された梵鐘（重文）が吊ってあり、鐘の銅の部分にあたるところには、「中宮寺」と刻まれているそうです。これは、中宮寺から移されたのではないかと考えられています。</p>

<p>ゆっくりと法隆寺の魅力が分かる、<a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2283584&pid=876618753&vc_url=http%3a%2f%2fwww%2eu-can%2eco%2ejp%2foffpc%2fTr%2edo%3fk%3d2%26id%3d374%26c%3d5148RLym00%20%20%20%20" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2283584&pid=876618753" height="1" width="1" Border="0">映像で散策する法隆寺の四季折々</a>などで楽しんでください。</p>


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   <title>法隆寺 夢殿 救世観音</title>
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   <published>2008-02-15T08:00:04Z</published>
   <updated>2008-02-17T05:32:13Z</updated>
   
   <summary>法隆寺の東院の本堂は夢堂とされ、聖徳太子が創建した斑鳩宮跡に建立されました。 聖...</summary>
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      <![CDATA[<p>法隆寺の東院の本堂は夢堂とされ、聖徳太子が創建した斑鳩宮跡に建立されました。</p>

<p>聖徳太子一族が滅亡してからは、斑鳩宮は荒れた状態になっているのを行信僧が太子の遺徳を偲び、斑鳩宮の状態に心を痛め東院を創建されたそうです。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/yumeden.jpg" alt="法隆寺東院の夢殿"></center>

<p>夢堂は八角の形をした円堂で、さらに内部にも八角の２重構造となっています。さらに中央にある仏壇も八角の厨子があり、そのなかに夢堂の本尊救世観音が安置されています。</p>


<h3>救世観音</h3>

<p>救世観音（くせかんのん）は、聖徳太子の等身大の秘仏として崇められ、寺の僧ですら見ることが少なかったと言われています。</p>

<p>救世観音は、樟の一木造で造られており、像高は178.8cmで全体を金箔を施されています。この救世観音の左の手にそっと持たれているものが、「救世観音宝珠」を呼ばれています。</p>

<p>聖徳太子の姿を写したとされ七百年間も秘仏だった<a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2283584&pid=876618753&vc_url=http%3a%2f%2fwww%2eu-can%2eco%2ejp%2foffpc%2fTr%2edo%3fk%3d2%26id%3d632%26c%3d5148RLym00" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2283584&pid=876618753" height="1" width="1" Border="0">法隆寺・救世観音、神秘的な容姿の百済観音</a>を見ることができます。</p>

<h3>行信僧都坐像</h3>

<p>行信僧都坐像は、夢殿内の東北に安置されており、その姿はあぐらの足の上に左右の手を置き、その手には如意を持ち、衣端を紐で左肩に吊るす中国風の法依をまとっています。</p>

<p>表情は、いかにも意志が強そうに造られています。行信は、聖徳太子を供養するために東院を建立された方でもあります。</p>

<h3>道詮律師坐像</h3>

<p>道詮律師坐像は、夢堂内の西北に安置されています。道詮律師坐像となっている道詮は、法隆寺に40年間暮らし、学徳の高い名僧であります。</p>

<p>道詮は、行信が他界して100年後に東院の大修理を行い、東院の偉業とされ法隆寺の歴史に名をのこすことになりました。</p>

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   <title>法隆寺 聖霊院</title>
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   <published>2008-02-15T07:04:02Z</published>
   <updated>2008-02-16T14:02:35Z</updated>
   
   <summary>聖霊院は、聖徳太子像を安置しています。 ここから聖徳太子への信仰が全国へと広がっ...</summary>
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      <![CDATA[<p>聖霊院は、聖徳太子像を安置しています。</p>

<p>ここから聖徳太子への信仰が全国へと広がっていくことになります。奈良時代の後半には、聖徳太子を中国天台宗第二南岳慧思の生れ変わりではないかという噂まであったそうです。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/seireiin.jpg" alt="法隆寺西院の聖霊院"></center>

<p>聖霊院の建物内部と厨子は現在非公開となってますが、ここを聖徳太子が歩いていたと想像するだけで、なんとも不思議な気分になります。</p>

<h3>聖徳太子坐像</h3>

<p>聖徳太子坐像は、聖霊院の中央厨子に安置されています。現在は非公開なので目にすることはできませんが、頭部には垂飾りつきの玉冠を冠り、朱色の袍を着て、両手にしゃくをもっています。</p>

<p>聖徳太子坐像の侍者は、太子の長男である山背大兄王（やましろのおおえのおう）、太子の異母弟の殖栗王（えぐりおう）、卒末呂王（そまろおう）、そして太子の師とされる高句麗僧恵慈（えじ）の像が二体一組で安置されてます。</p>


<h3>聖霊会（しょうりょうえ）</h3>

<p>聖霊会は、聖徳太子の命日である2月22日に聖徳太子の遺徳をたたえ、供養する法要で、「大会式」とも呼ばれます。</p>

<p>大会式は、５０年ごとに行われ、小会式が毎年3月22日から24日にかけて行われています。小会式は、法隆寺会式とも呼ばれ、法隆寺で行われる年間行事の最大規模の行事です。</p>

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   <title>法隆寺 西円堂 上御堂</title>
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   <published>2008-02-15T06:43:54Z</published>
   <updated>2008-02-16T14:03:31Z</updated>
   
   <summary>西円堂 西円堂は、法隆寺西院の北西の小高い丘にあります。 西円堂は上から見ると八...</summary>
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      <![CDATA[<h3>西円堂</h3>

<p>西円堂は、法隆寺西院の北西の小高い丘にあります。</p>

<p>西円堂は上から見ると八角形の形をしており、朱色の柱がとても印象的な建物となっています。この西円堂は、橘夫人の発願によって、薬師如来を本尊として造立されたとされています。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/seiendo.jpg" alt="法隆寺西院の西円堂"></center>

<p>本尊となる薬師如来は、無病息災、延命長寿に良いと中世から言われており、数多くの奉納品が納められてきたそうです。まt、西円堂は「峰の薬師」とも呼ばれ現在も親しみやすい雰囲気が見られます。</p>

<p>西円堂では、２月に修二会（しゅにえ）と鬼追式（おにおいしき）が行われていてます。</p>

<h3>上御堂</h3>

<p>上御堂は、大講堂の裏手に建てられています。</p>

<p>上御堂堂内には、釈迦三尊像や四天王像が安置されています。上御堂の釈迦三尊像は、金堂の薬師如来と同じ平安時代のものらしですが、すこし上御堂のほうが古いとされています。</p>

<p>上御堂は、通常非公開の場ですが、11月1日〜3日のみ特別公開されています。</p>


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   <title>法隆寺 大講堂 経蔵 鐘楼</title>
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   <published>2008-02-14T23:04:17Z</published>
   <updated>2008-02-16T14:04:41Z</updated>
   
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      <![CDATA[<p>大講堂は、僧達が仏教を学ぶ道場でもあり、法要を営む神聖は場所になります。大講堂の左右には、経蔵と鐘楼からの廻廊とつながっています。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/daikoudou.jpg" alt="法隆寺西院の大講堂"></center>


<p>現在の大講堂は再建されたもので、創建時のものは、725年に落雷によって焼失されたとされています。</p>

<p>今の大聖堂の中には、薬師三尊像が安置されており、３体とも蓮華座の上に座り舟形の光背を背負っています。日光、日光菩薩が脇侍となっています。</p>

<h3>経蔵</h3>

<p>経蔵は、大講堂の西側の廻廊を少し中門の方へ進んだところに位置し、鐘楼と向かい合うように建ってます。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/keikura.jpg" alt="法隆寺西院の大講堂"></center>

<p>経蔵内には、勧勒僧正像が安置されており、法隆寺の代表者の就任式はここで行われます。また、経蔵は経典を納めるところでしたが、現在は散逸となってます。</p>

<h3>鐘楼</h3>

<p>鐘楼は、大講堂の東側の廻廊を少し中門の方へ進んだところにあり、平安時代の様式を見ることができます。特に銅で作られた鐘は、高さ186cm、口径118cmもので、天平時代のものになります。</p>

<p>最近では、鐘楼の鐘は年間行事以外につくことは、ほとんどない状況です。</p>

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   <title>法隆寺 金堂</title>
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   <published>2008-02-14T13:15:43Z</published>
   <updated>2008-02-17T05:39:37Z</updated>
   
   <summary>法隆寺の金堂は中国の唐の時代以前の古い様式が残されており、金堂はほぼ正方形で作ら...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hikosan.net/houryuji/">
      <![CDATA[<p>法隆寺の金堂は中国の唐の時代以前の古い様式が残されており、金堂はほぼ正方形で作られています。</p>

<p>飛鳥時代での日本の建築は軽い屋根を乗せるのが一般的でしたが、金堂に関しては重さが耐えられないと考えられ、橋の強度を増すように斗栱（ときょう）が使われました。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/kindo.jpg" alt="法隆寺西院の金堂"></center>


<p>金堂の中には、天蓋にかかげられている仏像が安置されています。この天蓋には、シルクロードから伝わったとされる唐草などの模様が描かれており、垂板（たれいた）には、山岳模様が描かれて意います。</p>

<h3>釈迦三尊像</h3>

<p>金堂の本尊として中の間に安置されている釈迦三尊像は、如来像を中尊し、左右に菩薩の脇侍を配している姿は、見る物の心を透かされてしまう雰囲気を出しています。</p>

<p>釈迦三尊像の表情は「アルカイックスマイル」と呼ばれ、その意味は、かすかに笑みを浮かべた顔の表情です。古き日本にあった日本人にしか察することができなかった表情ではないかと考えてしまいます。</p>

<p>異国風の顔立ちとしても知られている<a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2283584&pid=876618753&vc_url=http%3a%2f%2fwww%2eu-can%2eco%2ejp%2foffpc%2fTr%2edo%3fk%3d2%26id%3d632%26c%3d5148RLym00" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2283584&pid=876618753" height="1" width="1" Border="0">法隆寺・釈迦三尊など仏像の細部までわかる映像があります。</a></p>

<h3>薬師如来坐像</h3>

<p>薬師如来坐像は、金堂の東の間に安置されいるが、光背に書かれた90文字の銘文によっていろいろな仮説が出されていることでも有名です。</p>

<h3>阿弥陀如来坐像</h3>

<p>阿弥陀如来坐像は、金堂の西の間に安置されています。阿弥陀如来坐像は釈迦三尊像や薬師如来坐像が作られて５００年以上後に作られた像とされています。そのため、２体とは異なった雰囲気の仏像となってます。</p>

<h3>四天王立像</h3>

<p>日本最古の四天王像として知られています。その表情は静かで動きもほとんどみられません。動的な動きで知られる四天王の雰囲気とは違った印象を受けます。</p>

<dl>
<dt>持国天立像</dt>
<dd>持国天は東方を司る御法神。金堂では東南に安置されている。</dd>
<dt>増長天立像</dt>
<dd>増長天は南方を司る御法神。金堂では西南に安置されている。</dd>
<dt>広目天立像</dt>
<dd>広目天は西方を司る御法神。金堂では西北に安置されている。</dd>
<dt>多聞天立像</dt>
<dd>多聞天は北方を司る御法神。金堂では東北に安置されている。</dd>
</dl>


<h3>毘沙門天立像・吉祥天立像</h3>

<p>毘沙門天立像は、釈迦三尊像に向って右側に、吉祥天立像は左側に安置されています。</p>

<p>毘沙門天は、インドの古代神話の財宝の神クビラとされており、吉祥天立はインドの古代神話の女神ラクシュミーとされ、左手に願いを叶える如意宝珠を持っている。また、毘沙門天の妃でもあります。</p>


<h3>金堂壁画</h3>

<p>金堂の壁には、多数の壁画が飾られていましたが、一部を除いて昭和24年の失火によって復元されたものになります。</p>

<p>インド風の官能美で描かれている壁画ですが、どのような意味があるのかは未だにわかっておらず、有力な説として釈迦・阿弥陀・弥勒・薬師の浄土図の説になります。</p>


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   <title>法隆寺 五重塔</title>
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   <published>2008-02-14T11:54:04Z</published>
   <updated>2008-02-16T14:07:15Z</updated>
   
   <summary>法隆寺と言えば、五重塔を想像される方が多いと思います。飛鳥時代に建造された五重塔...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hikosan.net/houryuji/">
      <![CDATA[<p>法隆寺と言えば、五重塔を想像される方が多いと思います。飛鳥時代に建造された五重塔は、現在国宝として大切に管理されています。</p>

<p>日本における最古の五重塔となる法隆寺の五重塔は、金堂とともに法隆寺のシンボルとなってます。そのシンボルとなっている五重塔は中門を通るとすぐ左手に建ってます。</p>

<p>五重塔の高さは、約31.5m（マンションの10階建相当）となっており、塔の先端には錫と銅で作られた制動制の相輪が飾られています。この相輪は塔全体の高さの３分の１をしめる11mもあるのです。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/5junotou.jpg" alt="法隆寺西院の五重塔"></center>


<p>五重塔の特徴は、上に上がるに従って、部屋の面積が小さくなり、一番上と下では４分の１の面積になってしまいます。五重塔は内部の中心に心柱があり、四天柱によって支えられています。</p>

<p>四天柱の四つの面には、文殊菩薩などの大小の各種の仏像が収められていたそうです。また、当時貴重とされてきたガラスの小瓶に釈迦の遺骨が入れ収められていました。</p>

<p>五重塔のもうひとつの特徴としては、心柱が地下１．５ｍの深さに埋められた花崗岩の上に建てられることです。そのような五重塔ですが創建以来幾度となく修理されていました。昭和１６年から昭和２７年の昭和の大修理では、五重塔は解体され、ほぼ当初の姿に復元されました。</p>


<h3>涅槃像土（ねはんぞうど）</h3>

<p>五重塔の１階にあたる初重の四面には、いろいろな主題によって造られています。南面は釈迦入滅後現れるとされている弥勒菩薩が説教している「弥勒像土」。東面は、在家出身の維摩詰が（ゆいまさつ）が文殊菩薩と問答している「維摩詰像土」。</p>

<p>西面は、荼毘に付された釈迦の骨（舎利）を８国に分かつ「分舎利像土」。北面は、釈迦の入滅に望んで嘆き悲しむ弟子たちの姿を描いた「涅槃像土」。</p>

<p>このように五重塔内には、さまざまな物語を伝えようとする像がさまざま飾られているのです。</p>

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   <title>法隆寺 廻廊</title>
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   <published>2008-02-14T06:38:43Z</published>
   <updated>2008-02-16T14:14:40Z</updated>
   
   <summary>中門の左右から五重塔、金堂を囲むように流れている廻廊があります。国宝にも指定され...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.hikosan.net/houryuji/">
      <![CDATA[<p>中門の左右から五重塔、金堂を囲むように流れている廻廊があります。国宝にも指定されており、東廻廊の長さは42間（約76m）、西廻廊の長さは40間（約72m）という長い廻廊となっています。</p>

<p>その廻廊の造りは、庭側はエンタシスの柱が並び吹き放ちになっており、外側は壁とされ連子窓が均等に配置されています。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/kairou.jpg" alt="法隆寺西院の廻廊"></center>

<p>法隆寺は、本来中門を通ると右に金堂、左に五重塔が東西線上に配置されていましたが、平安時代に、講堂と経蔵、鐘楼（しょうろう）が廻廊で結ばれる構成になったとされています。</p>


<p>連子窓は、縦に細い木をはめ込んで作られている窓で、日の光を微妙に変化させてくれる特徴があり、日々違った表情を見せてくれます。</p>


<p>エンタシスの柱は、上の部分と下の部分が少し細くなっているデザインの柱のことで、法隆寺のエンタシスの柱には檜（ひのき）が使われています。</p>


<p>中門から廻廊を東側に回ると、鐘楼、大講堂への進み、西側に回ると経蔵、大講堂への順に進んでいきます。法隆寺の中門通るとすぐに五重塔へ行きたくなりますが、ゆっくり廻廊を回って、五重塔や金堂を別の視点から見てみるのも面白いです。</p>


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   <title>法隆寺 西院 中門 仁王像</title>
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   <published>2008-02-14T03:50:57Z</published>
   <updated>2008-02-17T05:43:37Z</updated>
   
   <summary>法隆寺の参道をゆっくりと北に歩いて行くと、法隆寺の総門にあたる南大門があります。...</summary>
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      <![CDATA[<p>法隆寺の参道をゆっくりと北に歩いて行くと、法隆寺の総門にあたる南大門があります。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/minaminomon.jpg" alt="法隆寺西院の南大門"></center>


<p>南大門は、法隆寺の西院と東院への入口となり、すべての人の出入りをここが担ってきました。その南大門を通ると、その先に飛鳥建築様式で建築された国宝の中門が見えてきます。</p>


<p>中門の柱は、ローマ時代の建築で見ることができるエンタシスの柱を思い浮かべるデザインとなっており、人々の関心の中心になっています。</p>


<p>中門の特徴として入口が２つあることです。入口という証明もありませんが、なぜ通りが２つあるのかは未だ謎になっており、法隆寺の見解は、１つは五重塔へ、もう１つは金堂への入口だったのではないかと言われています。</p>

<center><img src="http://www.hikosan.net/houryuji/img3/nakamon.jpg" alt="法隆寺西院の中門"></center>


<p>中門のもう１つの特徴は、皆さんもご存知の「金剛力士立像」です。金剛力士立像は、中門の左右に中門を通る人の心を見透かすような眼光で訪問者を待ってます。</p>

<dl>
<dt>☆中門に向って右側の仁王像☆</dt>
<dd>金剛力士立像　阿形<br />高さ　　379.9cm>/dd>
<dt>☆中門に向って左側の仁王像☆</dt>
<dd>金剛力士立像　吽形<br />高さ　　378.5cm</dd>
</dl>

<p>金剛力士立像は、一般的に「仁王様」として親しまれており、奈良時代の仁王像は日本でも３体のみになります。金剛力士立像は、五重塔の塔本塑像（とうほうんそぞう）と同様に西暦711年に造られました。</p>


<p>金剛力士立像は、昭和36年の大修理以外にも何度か修理を行われており、１３００年前の歴史を見れるのは、黒色をした金剛力士立像の上半身です。</p>


<p><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2283584&pid=876618753&vc_url=http%3a%2f%2fwww%2eu-can%2eco%2ejp%2foffpc%2fTr%2edo%3fk%3d2%26id%3d476%26c%3d5148RYym00" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2283584&pid=876618753" height="1" width="1" Border="0">世界遺産として、別の視点から法隆寺を見てみることも面白いです。</a></p>

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   </content>
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