英彦山神宮の由来と御祭神

御祭神

  • 主 神  天忍穂耳命(あまのおしほみのみこと)
  • 配 神  伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
  •      伊邪那美命(いざなみのみこと)

お由緒

英彦山は、古来から神の山として信仰されていた霊山で、御祭神が天照大神の御子、天忍穂耳命であることから「日の子の山」即ち「日子山」と呼ばれていました。

嵯峨天皇の弘仁10年(819年)詔(みことのり)によって「日子」の2文字を「彦」に改められ、次いで、霊元法皇。享保14年(1724年)には、院宣により「英」の1字を浮け賜り「英彦山」と改称され現在に至ってます。

お神徳

天照大神の御神勅により、この地に降臨された天忍穂耳命は、農業生産の守護神として、また、鉱山・工場などの守護神として崇敬されています。

御社殿並摂末社

御本殿(上宮)

神武天皇が御東征の時、天村雲命(あまのむらくものこと)と遣わされて祀られたと伝えられていますが、社殿ができたのは、崇神天皇41年と言われてます。

現在の社殿は天保13年(1842年)に、肥前藩主鍋島斉正によって奉建されたものです。

奉幣殿(重要文化財)

修験道時代の霊仙寺の大講堂で、現在の建物は、元和2年(1616年)小倉藩主細川越中忠興によって再建されたものです。

桃山建築様式で、以後小倉藩主によって修復されて現在国の重要文化財に指定されています。

摂 社

産霊神社
高皇産霊神(たかみむすびのかみ)・玉依姫(たまよりひめ)・熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)
中津宮
市杵嶋姫命(いちきしまひめみこと)・多紀理毘売命(たぎりひめのみこと)・多岐津毘売命(たぎつひめのみこと)
下津宮
速須佐ノ男命(はやすさのおのみこと)・神武天皇・大国主命
玉屋神社
猿田彦大神(さるだひこのおおかみ)

末 社

大南神社
天火明命(あめのほあかりのみこと)

その他、10社の末社があります。

招魂社

勤皇義僧の墓所で、田川護国神社の奥宮として、11柱をお祀りしています。

-『英彦山神宮略誌』より-